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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)177号 判決 1985年7月30日

控訴人(選定当事者) 林源一

右選定者 林源一

<ほか二名>

右訴訟代理人弁護士 加藤宗三

被控訴人 宮田用水土地改良区

右代表者理事長 住田隆

右訴訟代理人弁護士 軍司猛

被控訴人 愛知県

右代表者知事 鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士 大場民男

右指定代理人 伊藤暉男

<ほか六名>

被控訴人 稲沢市

右代表者市長 住田隆

右訴訟代理人弁護士 加藤博隆

同 加藤隆一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人らは、連帯して、愛知県稲沢市正明寺一丁目二二番の一地先から同市奥田井之下町二二〇番地先に至るまでの延長約二一六三メートルの小池井筋水路(以下「本件水路」という。)のうち別紙図面表示の(イ)点(同市正明寺二丁目三〇番のうち二丁目五〇番一六の西南端の地点と二丁目五〇番一七の西北端の地点とを結んだ線上にあたる部位)から(ロ)点(同市奥田井之下町二八番の二の東南端先に在る同町一九八番の東端の側面にあたる部位)までの区間につき、流水断面を幅員三メートル、水深を一メートル、水路底を隣接水田面下〇・六メートル、堤防余盛を〇・三メートルとする水路に復旧せよ。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

それぞれ主文同旨

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決事実摘示及び当審訴訟記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

1  原判決三枚目裏四行目の冒頭から同五枚目表一行目末尾までを、次のとおり改める。

「(三) 被控訴人愛知県は、土地改良法に基づく「県営かんがい排水事業大助川地区」事業の施行者として、もとの本件水路敷地の一部に用水専用管を埋設し、その上部に盛土をし、他の部分を排水用の開水路として護岸工事を施して残しておく、いわゆる用排水分離工事(以下「本件工事」という。)を実施した。すなわち、本件水路の起点から延長約三七〇メートルの地点までの区間は被控訴人稲沢市の都市計画法、土地区画整理法に基づく稲沢中島都市計画中部土地区画整理事業の施行区域内にあるが、この区間につき、昭和四六年度及び同五三年度に開水路の側壁部、河床部を凹字型のコンクリートブロックで固める護岸工事を、また、起点から延長約三七〇メートルの地点と、起点から延長約七七〇メートルの地点までの区間(同じく中部土地区画整理事業の施行区域)につき、昭和四六年度及び同四七年度に凹字形鉄筋コンクリート護岸工事を除く工事を、さらに、起点から延長約七七〇メートルの地点と起点から延長約二〇五〇メートルの地点までの区間につき、昭和四五年度及び同四七年度に開水路側壁部分を玉石積みとする護岸工事を、それぞれ実施した。なお右のうち、本件水路の起点から六八メートルの区間については、昭和五三年度に宮田用水大江井筋水路が別途国営土地改良事業により管水路化されたため、これとの接続工事として実施(そのうち起点から二八メートルまでについては国営土地改良事業として実施)された。

また、被控訴人稲沢市は、上記稲沢中島都市計画中部土地区画整理事業の施行者として、本件水路のうち、起点から延長約三七〇メートルの地点と起点から延長約七七〇メートルの地点との区間について、被控訴人愛知県と協議のうえ、同被控訴人の本件工事施行に引き続き、鉄筋コンクリート製凹字型の護岸工事を実施した。

ところが、本件工事によって、本件水路のうち排水専用水路となる開水路部分(凹字型護岸または玉石護岸に囲まれた部分)の幅が狭まり、同水路の流水断面が従来の三分の一に縮少されたうえ、水路底も従来より〇・六メートル上昇したことから、昭和五一年九月上旬から中旬にかけて数日間断続した豪雨の際には、本件(二)の土地の東北角附近の地点、その下流六〇メートルないし七五メートルの地点及び別紙図面(イ)点の各右(西)岸から溢水して、これが西方に流出し、そのため、本件(一)の土地については深さ約一〇センチメートルの冠水、本件(二)の土地については床下浸水、その他の土地についてもほぼ同様の浸水、湛水が数日間断続的に続くという災害を被った。選定者らは、今後も豪雨のたびに同様の被害を受けるおそれがある。

しかして、右のような事態は、本件水路が「破潰又ハ阻塞」されていることに因るものである。

(四) 被控訴人改良区は、本件水路敷地(堤防の土地を含む。)を所有し、かつ本件水路を維持、管理している。

被控訴人愛知県は本件工事の施行者として、前記のとおりもとの本件水路の一部に護岸を造りあげて用水管を埋設し、その結果、これら護岸及び用水管を所有し、被控訴人稲沢市もまた同様に凹字型護岸の所有者であって、右被控訴人らはいずれも本件水路に対する地上権者または賃借権者である。

(五) よって、控訴人は、被控訴人改良区に対して民法二一六条、被控訴人愛知県、同稲沢市に対して同法二六七条、二一六条に基づき、被控訴人らが連帯して本件水路を請求の趣旨のとおりの水路に復旧することを求める。」

2  同五枚目裏八行目の「被告」から一一行目の末尾までを「被控訴人愛知県が控訴人主張の事業の施行者として本件工事を実施し、その主張の年度に主張のような護岸工事を含む工事を行ったこと、控訴人主張の区間が被控訴人稲沢市の都市計画法、土地区画整理法に基づく稲沢中島都市計画中部土地区画整理事業の施行区域にあたり、同区間について、被控訴人稲沢市は同愛知県と協議のうえ、右区画整理事業として鉄筋コンクリート製凹字型の護岸工事を行ったこと、本件」に改める。

3  同六枚目裏六行目の末尾に「なお、護岸部分は、被控訴人改良区が当初から所有している旧護岸を被控訴人愛知県または同稲沢市が復旧(補償)工事をしたにすぎないからもともと被控訴人改良区の所有であり、また、埋設用水管は、本件工事により被控訴人愛知県の所有する土地改良財産となったが、同被控訴人は愛知県の財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例三条及び愛知県土地改良財産の管理および処分に関する要綱三条に基づいて、昭和五九年九月二九日被控訴人改良区に譲渡したので、現在は被控訴人改良区の所有である。」を、九行目の末尾に「被控訴人改良区が本件水路敷地を所有し、本件水路を維持管理していること並びに護岸及び用水管の所有関係は、被控訴人改良区主張のとおりである。」をそれぞれ加える。

4  同七枚目表四行目の「(四)」を「(五)」に改める。

(控訴人の付加した陳述)

1  民法二一五条、二二〇条はいずれも「低地」「高地」を定めているにすぎず、両土地が隣接していることを要件としていない。流水について生ずる問題は、隣地所有者間においてのみ調整すべき事柄ではないから、右規定は当然であり、したがって、民法二一六条にいう「甲地」「乙地」についても、両土地間には水路の「破潰又ハ阻塞」による損害の因果関係について関連性があれば足り、両土地が隣接地であることを要しないと解すべきである。

2  民法二一六条の定める法律関係は、土地区画整理法、土地改良法の規定とは無縁であり、むしろ、これら法律に基づく事業の施行にあたっては、「工作物の破潰又は阻塞は工作物の所有者の故意過失によって生じた場合を含むべきである」とする最高裁判所第二小法廷昭和四九年九月二〇日の判例が適用されるべきである。

(被控訴人らの付加した陳述)

民法二一六条にいう「工作物ノ破潰又ハ阻塞」はそれが自然力ないし不可抗力によって生じた場合に限らず、工作物所有者の故意又は過失によって生じた場合をも含むと解されるとしても、右故意・過失とは私人による私人の立場でのそれであり、本件のように土地区画整理法による土地区画整理事業あるいは土地改良法による土地改良事業として、公人の公権力の行使により設置された工作物に関しては適用がないと解すべきである。けだし、土地区画整理事業は「健全な市街地の造成を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的」とし(土地区画整理法一条)、また、土地改良事業は、農業構造の改善等に資することを目的とするとともに「国土資源の総合的な開発及び保全」「国民経済の発展に適合する」よう(土地改良法一条)、それぞれ総合的かつ厳格な手続等を経て実施されるものであり、したがって、一私人の民法二一六条の適用主張によって復旧工事等がなされるべきではないからである。

理由

一  控訴人を含む選定者が、別紙物件目録記載のとおり本件土地をそれぞれ所有していること及び被控訴人愛知県が土地改良法に基づく土地改良事業である「県営かんがい排水事業大助川地区」事業の施行者として、控訴人主張の年度に本件水路につきその主張のような内容の本件工事を施行したこと、本件水路のうち、控訴人主張の区間が被控訴人稲沢市の都市計画法、土地区画整理法に基づく稲沢中島都市計画中部土地区画整理事業の施行区域に含まれ、同区間について被控訴人稲沢市が同愛知県と協議のうえ、右区画整理事業の施行者として控訴人主張の護岸工事を行ったことは、いずれも当事者間に争いがない。また、被控訴人改良区が堤防の土地を含む本件水路敷地を所有し、かつ本件水路を維持、管理していることは、控訴人と被控訴人改良区、同愛知県との間においては争いがなく、被控訴人稲沢市の明らかに争わないところである。

二  控訴人は、本件水路について、これが破潰又は阻塞されているとして、被控訴人改良区に対しては民法二一六条により、被控訴人愛知県、同稲沢市に対しては同法二六七条、二一六条により、連帯してその復旧を求めている。そこで検討するに、

1  控訴人は、被控訴人愛知県、同稲沢市が本件水路に対して地上権又は賃借権を有する旨主張する。しかしながら、《証拠省略》は右主張事実を証するに足りないものであるし、本件において、他に右事実を肯定するに足る資料もない。そうであれば、被控訴人愛知県、同稲沢市に対する控訴人の本訴請求は、その余の審按を俟つまでもなく、理由がないというべきである。

2  被控訴人改良区に対する控訴人の本訴請求は、ひっきょう、本件水路が民法二一六条にいう「工作物」に該るとの趣旨を前提にするものと解される。しかしながら、本件工事の前後を通じて、堤防の土地を含む本件水路敷地が被控訴人改良区の所有に属し、かつ同被控訴人においてその維持、管理に当っていること及び本件水路について、被控訴人愛知県、同稲沢市がそれぞれ土地改良法あるいは土地区画整理法に基づく事業の施行者として本件工事を実施したものであることは前記のとおりであり、このような事実関係に弁論の全趣旨によって明らかな本件水路の形状、機能等を併せ考えれば、控訴人において「破潰又ハ阻塞」されたとする本件水路は、公共組合である被控訴人改良区によって公の目的に供用されている物的施設、すなわち公の営造物にほかならないというべきである。

ところで、民法二一六条はもとより相隣関係にかかる規定であり、隣接する不動産所有権の共存の目的のために生ずる所有権内容の拡張と制限とを定めた法条の一つであるから、かような条項の趣旨に照らすと、叙上のように公の行政作用に基づいて施工、設置され、広範囲の土地、多数の人の用に供されている本件水路のごとき公の営造物は、同条の規制の埓外にあり、同条にいう「工作物」に含まれるものではないと解すべきである。しかして、仮に本件水路について民法二一六条の「破潰又ハ阻塞」にあたる事態が生じ、隣接土地所有者等が損害を被るようなことがあれば、被害者は、「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」ありとして国家賠償法二条の規定によって賠償を求めうるであろうし、また、かような瑕疵により隣接土地所有者らの土地、建物等を侵害または侵害する虞れがあれば、右所有者らは物権的請求権ないし占有訴権を行使することによって、侵害の排除あるいは侵害しないよう予防措置を講ずることを求めうる筋合いである。

してみれば、本件水路が民法二一六条にいう「工作物」に該ることを前提とする控訴人の被控訴人改良区に対する本訴請求もまた、その余の判断をするまでもなく理由がないといわなければならない。

三  そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結論において正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 日髙乙彦 三宅俊一郎)

<以下省略>

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